第一回 過去の不動産市場動向から今後の不動産を読み解く

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第一回 過去の不動産市場動向から今後の不動産を読み解く

不動産投資を行うにあたって、直近のマーケットデータだけではなく過去を少し遡ってこれまで不動産市場が歩んできた歴史を見てみると不動産が持つ特徴がよく理解でき、また、潜在的に抱えるリスクが見えてきます。不動産市場の歴史を知ることは、不動産で収益を上げていく上で欠かすことはできません。

日本の不動産市場は、明治に産声をあげ昭和・平成にかけて成長してきました。成長の過程は決して平たんではなく、日本の不動産市場は過去30年間、一度も同じような動きをしたことがないと言っても過言ではないほどに、上がり下がりを繰り返してきた市場なのです。その為、不動産市場の上がり下がりのサイクルをうまく読み解く力は不動産産業にかかわる人ならば必要最低限身に着けておきたいスキルとなっています。

知っているようで知らない不動産市場について、おさらいの意味を込めて、過去の不動産の市場動向についてまとめてみました。

日本の不動産は、明治6年の地租改正から始まった?

日本という国にはじめて土地に対する私的所有権が確立したのが、1873年(明治6年)に明治政府が行った租税制度改革です。その始まりは、いわゆる地租改正(ちそかいせい)と呼ばれるもので、時の明治政府がこれまで年貢を納める「物納」から税金を納める「金納」への変換を推し進める為に、土地の私的所有権を認め全ての土地に一定の額を金納させる新しい税制を定めたのが始まりと言われています。現代の不動産市場のサイクルにはまったく影響しない遠い昔のお話ですが、端的に言ってしまうと、天候に左右されずに日本全国から安定した税金をより確実に徴収するしくみとして土地の私的所有権が認められたということになります。
因みに、今も残る不動産登記は、1885年(明治18年)に成立された登記法がベースになっています。私的所有権が確立したのが明治6年ですのでその約12年後には、「土地には登記が必要で登記簿へ記録し土地の所有を公証するもの」とされました。

さて、ここからは話を一気に現代に戻して日本の不動産が激しく動くことになった「バブル時代」から見ていきましょう。

札幌時計台 日本の不動産は、明治6年の地租改正から始まった?

バブル経済

日本のバブル経済

日本中が過去の歴史に類を見ないほどの活気に沸いたのが、後にバブル経済といわれた1985年~1989年です。そのきっかけとなったのが、米国が貿易赤字解消を目的に行った「プラザ合意」です。プラザ合意とは1985年9月22日に先進5か国 (G5) 蔵相・中央銀行総裁会議がニューヨーク市のプラザホテルで行われ、そこで発表された超円高ドル安誘導策の合意のことです。

このプラザ合意は、プラザ合意発表の翌日9月23日には、たった1日24時間でドル円レートが1ドル235円から一気に約20円もの下落を記録したという驚異的な政策でした。

さらにその後もプラザ合意の勢いは止まらず、発表から1年後にはドルの価値はほぼ半減し、150円台にまでなった超円高ドル安誘導策でした。円ドルがこれだけの勢いで動いたのですから、日本経済への影響ははかりしれないものでした。慌てた日本政府は、迷走を繰り返します。
そして、日本政府が出した結論は公定歩合の引き下げ

政府は1985年から公定歩合を段階的に引き下げ、1987年2月からは2.5%に据え置きました。その結果低金利が長期化貨幣錯覚を起こした投機マネーが大量に不動産や株式、ゴルフ会員権、そして美術品などへ大量に流れ込み後にバブルと呼ばれる好景気をつくりだしました。以下は日本の地価(㎡)をグラフにしたものですが1985年の上昇をきっかけに不動産へお金が流れ込んだ様子が一目でわかります。

不動産の価格がまるで夢かのように日ごと値上がりを続け、倍、倍、倍になっていきました。

日本の地価平均グラフ(円/㎡)

夢は履かなくバブルの崩壊

バブル発生の直接的な原因となったのは、1990年(平成2年)3月27日に大蔵省から金融機関に対して行われた「土地関連融資の抑制について(総量規制)」と呼ばれる行政指導と当時の三重野日銀総裁による6%をピークとする公定歩合の大幅な引き上げだと言われています。

公定歩合とは

中央銀行(日銀)が民間の金融機関に対して貸し出しを行う際に適用される基準金利のこと。公定歩合を変更することは、金融機関が市場に資金を貸し出す際の金利や市場に流通するお金の量に大きな影響を与えることになります。

公定歩合を引き上げることは、企業の金利負担を増大し資金需要を減退させることになります。公定歩合の引き上げ前に2.5%だったものが6%に引き上げられたわけですから、当然に市場からは不動産や株式を買うための資金が一気になくなり、ついには不動産価格や株価が急激に暴落していくことになりました。これも上記したグラフから見て取ることができますが、まるでジェットコースターに乗っているかのような急激な不動産価格の下落を経験しました。

アメリカの政策が日本のバブルをつくりだし、日本政府と日銀の誤った政策がバブルを一気に崩壊させ、日本社会だけでなく世界中を巻き込んだ混乱と不幸を作り出しました。

念のため追記しておきますが、1989年10月に放送されたNHKの特集番組が「日本の地価を引き下げることを提言」したことも、バブル崩壊へ加速をつけるきっかけになったとも言われています。当時の報道の影響の大きさがわかる出来事です。

政治の誤った判断が、多くの人々の人生を狂わせることを知ってか知らずか、その後も政府の迷走は続きます。

  • 1990年 総量規制、公定歩合の大幅な引き上げ
  • 1991年 地価が下落し始める。
  • 1992年 地価税の課税開始
  • 1994年 固定資産評価の大幅な引き上げ

無理なバブル潰し、タイミングを逸した地価対策は明らかに失敗でした。この日本政府が犯した大きな過ちについては、中国をはじめとした多くの諸外国で研究の対象されています。

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第二回 過去の不動産市場動向から今後の不動産を読み解く

金融危機と不良債権処理に明け暮れた1995年から1999年。この時、日本はどのような動き方をしていたのでしょうか?バブルがはじけて日本経済がガタガタと音を立てて崩れ始めた1995年、世間の注目は住専問題に集中していました。住専問題とは、住宅金融専門会社がバブル期につくり負の遺産として残ってしまった巨額の不良債権をどのように処理するのかという問題でしたが、時の政府は住宅金融専門会社の処理に6850億円ものの公的資金が投入を行います。

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